ガーナ研修企画 〜それぞれのガーナ〜  第十一回

Maadwo!(こんばんは!)
今回は私、東京外国語大学1年 井出有紀が旅先よりご挨拶申し上げます。
私たちガーナ研修メンバーはとうとうアフリカ大陸に別れを告げ(とてもさみしい!)、トランジットのためにフランスへやってきました。
ガーナの高温多湿でもわっとした空気とは打って変わって、こちらは真冬のシャキッとした冷たい空気に包まれています。
今回の記事では、23日にガーナ大学で行われた現地学生との文化交流について扱いたいと思います。
私たち研修メンバーは、日本を発つ前からガーナ大学での学生会議の準備と同時にアイスブレイクのための文化交流の企画を進めてきました。武道、書道、折り紙、和食など様々な日本文化についての紹介を行ったのですが、みな自分の特技を生かしてパフォーマンスを披露したり参加型のプレゼンにしたりするなど工夫をこらしており、現地の学生にも楽しんでもらうことができました。

私の担当は盆踊りで、お盆の風習について説明した後みんなで輪になって炭坑節を踊りました。ガーナの人々が普段親しんでいるものとはだいぶかけはなれた音楽と踊りなので喜んでもらえるか少し心配でしたが、みんな炭坑節をすっかりマスターし楽しそうに踊ってくれたので嬉しかったです。その後今度はガーナの音楽で一緒にダンスをしました。
改めて考えてみると、日本の盆踊りとガーナのダンスには意外な共通点があるように思います。それは、同じ踊りをすることによって場を共有し、お互いに心を通わせることができるということです。
研修を通して、ガーナの人々は人とのつながりをとても大切にして、他者と「共に生きている」のだと感じる場面がたくさんありました。例えば、道端で知り合いに会えば話に花が咲き大声で笑いあったり、友人を招いての食事会を頻繁に行ったり、自分の家族だけでなく近所の子供やお年寄りまで面倒をみたり、人が集まると踊りだしたり。
誰かと「共に生きる」ということは、ある意味人とのつながりに縛られるということですから、時にとても面倒くさく不自由なことであるように思います。
しかし、特にガーナの田舎の場合、日々の暮らしを営んでいく上でコミュニティの人々が互いに協力しあうことは欠かせません。
私の考えすぎかもしれませんが、このような社会で、自分自身を表現し開放すると同時に他者と正の感情で繋がることができる「ダンス」という手段は、単なる娯楽を超え人々のつながりを保つためのものとして機能してきたのではないでしょうか。
日本でも、かつて盆踊りや田楽、茶摘み歌などの仕事歌が同じ役割を果たしてきたのかもしれません。
しかし、今の日本ではそのような踊りや歌を親族や近所の人、友人などと楽しむことはあまりなくなってしまいました。地縁・血縁関係に縛られることが少なくなってきたという点では人々はより生きていきやすくなったと言えるかもしれません。しかしその一方で、老人や子育て中の女性などの一部が社会のなかで孤立してしまっていることも確かです。このような問題を解決するためには、とても難しいことではありますが、ある程度コミュニティのセーフティーネットを再構築する必要があるでしょう。
ガーナのダンスには、その際に重要となる「共に生きる」ことのヒントがあるように思いました。
普段、アフリカについて考えるとき私たち日本人はアフリカの抱える問題についてばかり焦点をあてがちであるように思います。もちろん、そのような問題を解決するために努力をすることは必要です。しかし、その一方でアフリカは単なる支援の対象ではなく、それぞれの国が多様で豊かな文化を持っているのだということを認識することもとても大切だと思います。そのような価値観をもつことによってこそ、日本とアフリカ諸国は単なる支援・被支援の関係を超えて相互に学び合う相互補完的な関係を目指していくことができるのではないでしょうか。

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