アフリカンコラム 「南アフリカのラグビー」

こんにちは!東京外国語大学の細郷です。

 

突然ですが、2019年のユーキャン新語・流行語大賞は「ONE TEAM」でしたね。日本がアジアで初めてラグビーW杯を開催し、また日本代表が史上初の決勝トーナメント進出を果たし、日本中でラグビーが盛り上がりました。

決勝トーナメントで日本代表は南アフリカ代表に敗れてしまいましたが、その南アフリカが優勝し王冠を手にしたことは皆さんもご存知でしょう。

しかし、今回の優勝は南アフリカにとってただの優勝ではありませんでした。今回は南アフリカのラグビーとその歴史について書こうと思います。

 

ラグビーというと屈強な選手たちを思い浮かべる人が多いですが、「紳士のスポーツ」と呼ばれていてイギリスから始まりました。そのため南アフリカのラグビーはオランダ系白人が熱狂するスポーツで、アパルトヘイト時代に南アフリカ代表のスプリングボックスは「スポーツウエアを着た差別」とも呼ばれていました。南アフリカに住む黒人や非白人はスプリングス・ボックスを忌み嫌い、国際試合では他国を応援するほどでした。

 

南アフリカは今も昔もスポーツ大国で、三大ワールドカップ(サッカー、ラグビー、クリケット)にすべて出場する数少ない国の一つです。国際的に反アパルトヘイトの風潮が高まると、オリンピックなど世界規模の大会に出られないようになってしまいました。しかし、ラグビーは強豪国だったために国際試合への出場が認められ続け、オーストラリアやニュージランドと試合をしていました。そんな中、これらの国でも抗議活動がだんだん高まり、ついにニュージーランドでの遠征が中止になると、白人は自分たちの社会が間違いだったことに気づいたそうです。

 

そして、ネルソンマンデラが黒人初の大統領になると、白人の心を掴むためにスプリング・ボックスを「マイボーイズ」と呼び積極的に応援しました。また国民やスプリング・ボックスの選手たちにも意識の変化が現れ、お互いを受け入れあおうとするようになりました。1995年のW杯でチェスターウィリアムズがスプリング・ボックス唯一の黒人選手として4トライを決める大活躍したのもこれに大きく貢献しました。

 

2008年には初の黒人監督が起用され、2019年にはキャプテンのシヤ・コリシ選手をはじめ11人の非白人選手がいます。黒人主将のもと、南アフリカ国民全員がスプリング・ボックスを応援し、そして優勝することは、昔には考えられませんでした。前回大会の南アフリカの優勝はその意味で意義深かったのです。

 

ラグビーなどスポーツが大好きな私にとってスポーツが差別の象徴となっていた事実には驚きを隠せません。しかし一方で、スポーツだからこそ果たせる役割もあるのではないかと思います。南アフリカには格差などの解決されるべき問題がいまだ多くあります。今回の歴史的なW杯での優勝がそのきっかけになると良いなと思っています。

 

https://www.cnn.co.jp/showbiz/35144834.html

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください